9月11日@桜台poolのイベントのフライヤーが届きました。
-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+- 東京発フォークロックバンドYour Last Chicken公式ブログ -+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-
2011年8月30日火曜日
2011年8月15日月曜日
リミックス
友人の委細昌嗣氏が僕らの曲「Out Of The Woods」のリミックスを手がけてくれました。
委細氏は、フリージャズバンドThe Vandで活動していたり、DTMでも個性的なアヴァンギャルドジャズを制作するアーティストです。
特に、打ち込みの管楽器や弦楽器の扱いに関しては他に類を見ない才能の持ち主です。
今回のリミックスに際しても管楽器を駆使して、原曲の要素を十分に残しつつも、まったく新しい形に仕上げてくれました。
個人的には02:40くらいから管楽器と弦楽器のアレンジが崩れて、演奏前のオーケストラみたいになる箇所が秀逸だと思います。
何がともあれ、是非是非聴いてみてください。
Out Of The Woods (Masashi Isai remix) by Your Last Chicken
委細昌嗣(いさい・まさし)
個人DTM: http://www.myspace.com/masashiisai
バンドThe Vand: http://www.myspace.com/the-vand
委細氏は、フリージャズバンドThe Vandで活動していたり、DTMでも個性的なアヴァンギャルドジャズを制作するアーティストです。
特に、打ち込みの管楽器や弦楽器の扱いに関しては他に類を見ない才能の持ち主です。
今回のリミックスに際しても管楽器を駆使して、原曲の要素を十分に残しつつも、まったく新しい形に仕上げてくれました。
個人的には02:40くらいから管楽器と弦楽器のアレンジが崩れて、演奏前のオーケストラみたいになる箇所が秀逸だと思います。
何がともあれ、是非是非聴いてみてください。
Out Of The Woods (Masashi Isai remix) by Your Last Chicken
委細昌嗣(いさい・まさし)
個人DTM: http://www.myspace.com/masashiisai
バンドThe Vand: http://www.myspace.com/the-vand
2011年8月11日木曜日
思いません?
ずっと気になっていたことなんですが、日本のテレビはやかましいと思いませんか?
僕はずっと内容、出演者のテンション、喋られていること自体がやかましいと思ってたんですが、海外のニュースを副音声で聞いていて気が付いたんです。
ちょっとマニアックな話で申し訳ないんですが、日本のテレビの音声は明らかに高域が強いんです。
というより強すぎるんです。
音がキンキンします。
日本のテレビから、海外ニュースとかに番組を切り替えると、海外ニュースの音声が籠って聞き取りにくいんです。
つまり、高域がそこまで強調されていないんです。
もちろん、こんなことを計測したわけじゃじゃないんで確証はないのですが、ミュージシャンの端くれとして、これは分かります。
それにしても、どういう経緯でこういうことになったのかは分かりませんし、そもそも意図的にこうなったのかも分かりませんが、何かしら文化的な背景があるように思えます。
例えばなんですが、日本の電車内のアナウンス、八百屋さんの掛け声等は、あえて聞こえやすいようにわざと鼻つまみ声を使っていると聞いたことがあります。
恐らく、周囲の雑音が多いなかで、声を聞き取りやすくする工夫なのでしょう。
しかし最近思うのですが、電車内のアナウンスに関しては、音響機器の発展や電車の騒音事態の軽減等によって、もう鼻つまみ声を使う必要はないのではないでしょうか?
むしろ聞き取りにくいと思います。
最近増えてきた女性の運転手、車掌さんのアナウンスはさらっとしていて実に聞き取りやすいです。
話を戻しますが、僕は日本のテレビの音声は、なんかこう感覚を麻痺させるような効果があると思っています。
キーンと来る高い音を聞くと聴覚が麻痺しますよね。
よくあると思うのですが、体育館で校長先生がマイクに向かって喋ろうとして、キーンと鳴って耳が麻痺することありますよね。
あれと一緒です。
ともかく、こうしたことが、何かしら悪意があってなされたこと、あるいは現在の状況にはすでに適してない過去の風習による事情でないことを願ってます。
僕はずっと内容、出演者のテンション、喋られていること自体がやかましいと思ってたんですが、海外のニュースを副音声で聞いていて気が付いたんです。
ちょっとマニアックな話で申し訳ないんですが、日本のテレビの音声は明らかに高域が強いんです。
というより強すぎるんです。
音がキンキンします。
日本のテレビから、海外ニュースとかに番組を切り替えると、海外ニュースの音声が籠って聞き取りにくいんです。
つまり、高域がそこまで強調されていないんです。
もちろん、こんなことを計測したわけじゃじゃないんで確証はないのですが、ミュージシャンの端くれとして、これは分かります。
それにしても、どういう経緯でこういうことになったのかは分かりませんし、そもそも意図的にこうなったのかも分かりませんが、何かしら文化的な背景があるように思えます。
例えばなんですが、日本の電車内のアナウンス、八百屋さんの掛け声等は、あえて聞こえやすいようにわざと鼻つまみ声を使っていると聞いたことがあります。
恐らく、周囲の雑音が多いなかで、声を聞き取りやすくする工夫なのでしょう。
しかし最近思うのですが、電車内のアナウンスに関しては、音響機器の発展や電車の騒音事態の軽減等によって、もう鼻つまみ声を使う必要はないのではないでしょうか?
むしろ聞き取りにくいと思います。
最近増えてきた女性の運転手、車掌さんのアナウンスはさらっとしていて実に聞き取りやすいです。
話を戻しますが、僕は日本のテレビの音声は、なんかこう感覚を麻痺させるような効果があると思っています。
キーンと来る高い音を聞くと聴覚が麻痺しますよね。
よくあると思うのですが、体育館で校長先生がマイクに向かって喋ろうとして、キーンと鳴って耳が麻痺することありますよね。
あれと一緒です。
ともかく、こうしたことが、何かしら悪意があってなされたこと、あるいは現在の状況にはすでに適してない過去の風習による事情でないことを願ってます。
2011年8月6日土曜日
遥かなるアメリカ
一昨日は下北沢mona recordsでライブでした。
個性的なバンドさんとご一緒させてもらえて個人的にはとても楽しませてもらいました。
僕は、ついついひとつの方向に向いてしまう性質なので、違うコンセプトの音楽を聴くと、「ああ、こういうのもあるんだ」とふと気付かされます。
お客さんが聞いて、各々がどう楽しむかは千差万別なんですね。
観に来てだすった皆さん、ありがとうございました。
不慣れなライブハウスの環境で、演奏は正直どうだったのか不安だったんですが、タイバンの方とも色々お話ができて楽しかったです。
ところで、数日前にドリュー・バリモア助演/監督作品の「Whip It」という映画を観ました。
内容自体は、そこまで際立ったものでもなく、大した感動もなく、アメリカの平均的な青春ストーリーといったとこなんですが、重大なことに気付かされてしまいました・・・
それは、僕自身の、アメリカというかアメリカ文化への憧れです・・・
こい書いてみると、すごく恥ずかしいことのように思えますが、否定できなんですね。
一言で言えば、アメリカ的な「自由」への憧れです。
僕が育った北ヨーロッパも「自由」な雰囲気の地域でしたが、どちらかと言えば、「心地よい自由」な雰囲気のなかでの「平穏」でした。
僕の今の日本での生活を表すなら「ぼんやりした平和」でしょう。
僕が想い描くアメリカ的「自由」は、「形のない自由」でしょうか。
日本的「自由」は、与えられた枠組みのなかでの「自由」な気がします。
アメリカ的「自由」は、何もないとこから自分で作り出す「自由」です。
だから、アメリカという国は、根本的にカオスであって、創造的な人は、誰も考えたことのないようなクレイジーなことを生み出し、それに打ち込んでいるイメージです。
悪く言えば、独善的で、アナキーですが、その反面、創造性に富んでいます。
そんな「自由」な雰囲気が満遍なく溢れてくる映画でした。
アメリカンドリーム。
それに生きる人々、その人々を取り囲む環境、文化、生活。
そんな難しい話じゃなくて、映画とかに出てくる、誰もが想像できるような、コテコテのアメリカ像です。
アメリカに住んだことのない僕は、それに憧れ続けてます。
ちなみに、映画のサウンドトラックがとても良くて、色々曲も調べたりしたんですが、これまた痛切に感じたのが、「ロック」は正に、こういうアメリカ文化から生まれた音楽なんだ、ということです。
その文化を体験していない人間には絶対に真似できないんだ、という確信でした。
僕も、単なる憧れだけで、所詮は真似をしているだけの音楽を作るようにはならないように気をつけないといけません・・・
僕の今までの経験と、今の生活から生まれる音楽でなければなりません。
そんなことを厳密にコントロールできるわけないんですが・・・
個性的なバンドさんとご一緒させてもらえて個人的にはとても楽しませてもらいました。
僕は、ついついひとつの方向に向いてしまう性質なので、違うコンセプトの音楽を聴くと、「ああ、こういうのもあるんだ」とふと気付かされます。
お客さんが聞いて、各々がどう楽しむかは千差万別なんですね。
観に来てだすった皆さん、ありがとうございました。
不慣れなライブハウスの環境で、演奏は正直どうだったのか不安だったんですが、タイバンの方とも色々お話ができて楽しかったです。
ところで、数日前にドリュー・バリモア助演/監督作品の「Whip It」という映画を観ました。
内容自体は、そこまで際立ったものでもなく、大した感動もなく、アメリカの平均的な青春ストーリーといったとこなんですが、重大なことに気付かされてしまいました・・・
それは、僕自身の、アメリカというかアメリカ文化への憧れです・・・
こい書いてみると、すごく恥ずかしいことのように思えますが、否定できなんですね。
一言で言えば、アメリカ的な「自由」への憧れです。
僕が育った北ヨーロッパも「自由」な雰囲気の地域でしたが、どちらかと言えば、「心地よい自由」な雰囲気のなかでの「平穏」でした。
僕の今の日本での生活を表すなら「ぼんやりした平和」でしょう。
僕が想い描くアメリカ的「自由」は、「形のない自由」でしょうか。
日本的「自由」は、与えられた枠組みのなかでの「自由」な気がします。
アメリカ的「自由」は、何もないとこから自分で作り出す「自由」です。
だから、アメリカという国は、根本的にカオスであって、創造的な人は、誰も考えたことのないようなクレイジーなことを生み出し、それに打ち込んでいるイメージです。
悪く言えば、独善的で、アナキーですが、その反面、創造性に富んでいます。
そんな「自由」な雰囲気が満遍なく溢れてくる映画でした。
アメリカンドリーム。
それに生きる人々、その人々を取り囲む環境、文化、生活。
そんな難しい話じゃなくて、映画とかに出てくる、誰もが想像できるような、コテコテのアメリカ像です。
アメリカに住んだことのない僕は、それに憧れ続けてます。
ちなみに、映画のサウンドトラックがとても良くて、色々曲も調べたりしたんですが、これまた痛切に感じたのが、「ロック」は正に、こういうアメリカ文化から生まれた音楽なんだ、ということです。
その文化を体験していない人間には絶対に真似できないんだ、という確信でした。
僕も、単なる憧れだけで、所詮は真似をしているだけの音楽を作るようにはならないように気をつけないといけません・・・
僕の今までの経験と、今の生活から生まれる音楽でなければなりません。
そんなことを厳密にコントロールできるわけないんですが・・・
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